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国内立候補都市選定・東京都プレゼンテーション

2016年オリンピック国内立候補都市選定委員会 東京都プレゼンテーション

 2006年8月30日、財団法人日本オリンピック委員会(JOC)の2016年に開催される第31回オリンピック競技大会の国内立候補都市選定委員会が行われ、JOC理事25名、JOC加盟夏季オリンピック競技団体代表29名、日本障害者スポーツ協会代表1名、計55名で構成された「第31回オリンピック競技大会(2016年)国内立候補都市選定委員会」委員の投票により、東京都が国内立候補都市に決定した。

投票に先立ち実施された東京都のプレゼンテーションでは、東京オリンピック招致をサポートする各界の著名人からメッセージが紹介された。

 

<東京都プレゼンテーションの概要>

 

スクリーンに「オリンピックを東京に、2016年!」の文字が映し出されるなか、フリーアナウンサーの中井美穂さんが、オリンピックの魅力、理念を訴えかけることでプレゼンテーションは静かに始まった。

「1964年、アジアで初めて平和の祭典、オリンピックが東京で開催されました。瓦礫の中から復興した当時の人々にとって、東京オリンピックはまさに未来へ希望と喜びに満ちた結果でした。そして私たちに自信と誇りを与えてくれました。それから42年。東京はその成長と発展の過程で、世界の大都市が共通に迎えるさまざまな問題に遭遇してきました。そのひとつひとつを全力で克服してきた東京を舞台に、再び日本がひとつになる瞬間を分かち合いたいと思います。」

 

1964年東京オリンピックの映像が流れ、そして、東洋の魔女と謳われた女子バレーボール日本チームの主将で金メダリストの河西昌枝さんが日本でのオリンピック開催について熱い思いを語った。

「私の人生はオリンピックと共にありました。オリンピックは人生を賭ける価値のある素晴らしいもの。2016年、私は83歳。教え子たちをオリンピックの舞台に送り出して、再び感動を分かち合えることを願っています。」

そして、石原慎太郎東京都知事は、東京オリンピックの開催概要計画に加えて、オリンピック招致に向けた自信と東京都の取り組み姿勢などを説明した。

「オリンピックの成功のカギは、財政力、文化、交通を含めた都市機能など、開催都市の都市力にあります。東京都は今までの努力により十分な都市力を持っています。オリンピックの候補地として選考されましたら、日本のアスリートの競技力の向上に協力することはもとより、発展途上国のアスリートたちも東京に招き、そこで活躍してもらうような基金を積み上げて行きたいと思います。また、オリンピックは都市の行事であるとともに国家的なプロジェクトでもあります。オリンピックは単に主催地だけでなく、国全体に影響を与えます。2016年東京オリンピックは、今までなかったまさに21世紀的な“こういうオリンピックがあるのか”というような、そして観光客もオリンピックだけでなく東京に来て日本の文化を満喫したというようなオリンピックにしたいと思います。なんといっても東京で日本の底力を見せて行きたいのです。」

また、東京都の開催概要のグランドデザイナーを務めた建築家の安藤忠雄氏は、東京都オリンピック開催のコンセプトについて説明した。

「東京オリンピックは今回実現すれば2回目となります。前回の経験が必ず今度の大会にも生かされると思っています。東京にはたくさんの施設がありますから、これらの建物を補強し、お金をあまり使わない、昔の歴史を未来につないでいくということを考えています。オリンピック開催を遂げるためには大変なエネルギーがいると思いますが、東京は1923年の関東大震災、1945年の敗戦の後でこれほどまで立ち上がってきました。選手やJOC関係者や競技団体の人たちと、どういうものが理想かということをしっかり話し合って進めたいと思っています。また、東京都には、お台場に大きな海上の森を作り、風が通るような都市を作る計画があります。これにより緑に溢れた機能的な都市ができると考えています。このような健康都市でオリンピックができるということは選手にとって大変快適な環境になるのではないかと思います。」

東京ヤクルトスワローズ監督兼捕手で、1988年ソウルオリンピック野球の銀メダリスト古田敦也氏は、オリンピック日本開催に向けての夢を語った。

「僕がオリンピックに出場して得たものはたくさんあります。一番印象に残っているのは本物のトップアスリートを目の前で見たこと。彼らの体の大きさ、力強さ、動きの速さなどを目のあたりにすることにより大きな刺激を受け、感動、興奮した覚えがあります。僕の願いはただひとつ。これからの時代を担っていくたくさんの若者に、できるだけ生でオリンピックを見ていただきたいと思います。もし日本で行われるのであれば、たくさんの人が競技場に足を運べるような場所で行われるのが最適だと思います。」

また、アトランタ、シドニー、アテネの3回のパラリンピックに出場しメダルを獲得した水泳日本代表の成田真由美選手がビデオメッセージで次のように語った。

「パラリンピックを通して、世界の頂点を目指して努力してきたからこそ得られる多くの友人に出会うことができました。都心に近く障害を持つ人にも優しい選手村に大勢のパラリンピックの選手を世界中からお迎えし、日本のいいところを少しでも多く知ってもらいたいと思います。」

 

アルピニストの野口健さんは、富士山やエベレストの清掃活動に携わる経験から東京都の取り組んでいる環境活動についてメッセージが寄せられた。

「東京都にはビルばかりのイメージがありますが、小笠原のような魅力的な自然がたくさんあります。東京は美しい自然を地道に守ってきました。東京は自然と共存する環境都市です。」

プレゼンテーション終盤には、コメディアンで1998年長野オリンピックの閉会式で司会を務めた萩本欽一氏が、東京都開催に向けてエールを贈った。

「オリンピック、いいですね。東京でやりましょうよ。私は東京生まれの東京育ちですが、雑誌の取材で“一番好きな場所は?”と聞かれ、“交番”と答えました。1000万人が安心して暮らせる町、東京。東京でやりましょうよ。東京オリンピックで野球が見たい。」

最後に、柔道、野球、卓球、バレー、バスケットボール、水泳などのスポーツに取り組む子供どもたちが、それぞれオリンピックに対する夢を語り、子供たちの夢をつなぐために、もう一度東京にオリンピックを、との言葉でプレゼンテーションは幕を下ろした。