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【特集】オリンピック・デー :近代にオリンピックを復活させたクーベルタン男爵

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 6月23日は、古代ギリシャで行われていたオリンピックが近代に復活した日です。いまから115年前、フランスのピエール・ド・クーベルタン男爵が、スポーツによる青少年の育成と国際相互理解を目的に、1894年6月23日、オリンピックの復興を提唱。紀元前776年から、実に1169年にわたって開催されていたオリンピックがよみがえったのです。これを記念し、1948年に設けられたのが「オリンピック・デー」。クーベルタンは後に「近代オリンピックの父」と呼ばれるようになりました。一年に一度のオリンピック・デーを祝し、オリンピック復活の歴史をご紹介しましょう。

近代オリンピックの父・クーベルタン

■オリンピックの復興を提唱したクーベルタン
 日本で「体育の日」といえば、10月10日(2000年からは10月の第2月曜日)。これは1964年東京オリンピックの開会式の日が国民の祝日になったもので、当時をご記憶の方にとっては、東京オリンピックの開催記念日というイメージがあるだろう。しかし、世界的に「オリンピック・デー」といえば、6月23日のことだ。ピエール・ド・クーベルタン男爵によって、オリンピックが復活を遂げた記念すべき日で、国際オリンピック委員会(IOC)が定める『オリンピック憲章』の前文にも、次のような一文が記載されている。


 「近代オリンピズムの生みの親はピエール・ド・クーベルタンであり、1894 年6 月にその主導により、パリ国際アスレチック・コングレスが開催された。IOCが設立されたのは1894 年6 月23 日であった」


パリの名門ソルボンヌ大学

 パリ国際アスレチック・コングレスとは、1894 年6 月23 日にパリのソルボンヌ大学で開かれた、スポーツ振興のための国際会議のことで、この席上でオリンピックの復興を訴えたクーベルタンは、出席者から多くの賛同を得た。
 しかし、6年後の1900年に、クーベルタンの母国フランスのパリで、第1回近代オリンピックを開こうという提案は却下されてしまう。代わりに2年後の1896年、古代オリンピック発祥の地であるギリシャのアテネで第1回大会が開催される案が採用された。この会議では、国際オリンピック委員会(IOC)を設立すること、4年ごとに大会を開くこと、競技種目は近代スポーツに限ることなども決まっている。


■イギリスで学んだスポーツと体育の重要さ
 古代ギリシャで行われていたオリンピックが近代的な装いで復活した背景には、それを後押しする出来事があった。古代オリンピックの舞台だったギリシャでオリンピア遺跡の発掘が進み、その全容が世に知られるようになったのだ。ちょうどその頃、ヨーロッパではスポーツが盛んになってきており、なかでもイギリスでは、この遺跡発掘に触発され、古代オリンピックを復活させようという運動が盛り上がった。


若き日のクーベルタン

 一方、フランス貴族の家庭に生まれたクーベルタンは、教育学に関心を寄せていたことから、パブリックスクールの視察のため渡英。イギリスで見た、スポーツに取り組む若者の姿に感銘を受け、スポーツの大切さ、とりわけ学校体育の重要性に気がついた。この体験を機に、当時は知育重視で、体育を学校科目としていなかったフランスにも、体育の導入とスポーツの振興が必要だと考え、オリンピックの復興を志したのである。このときクーベルタンは希望に燃える32歳の青年であった。


昨年も青森で開催されたオリンピック・デーラン

■日本中で開催されているオリンピック・デーラン
 日本に目を向けると、IOCがオリンピック・デーを定めた1948年から、毎年6月23日に記念イベントが行われてきた。1970年からは、オリンピックの2年後に国民体育大会(国体)を開催する県がイベントを開催していたが、1980年の島根県を最後に立ち消え。しかし、1987年になると日本オリンピック委員会(JOC)が、ジョギングを中心とした市民参加型のイベント「オリンピック・デーラン」を主催し、現在も続いている。
 ちなみに、先日6月7日(日)の大阪大会には1,100人を超える出場者が詰めかけた。次回は28日(日)、青森で開催される予定だ。